学校からの帰り道、特に用事はないのだけれど、みんなで立ち寄るコンビニエンスストア。
これまで友達と呼べる相手がいなかったから、一緒に下校とか道草とか。
そんな普通なら何でもないようなことが嬉しくて、どうにかバレないように我慢しているけれど燐の頬は緩みっぱなしだった。

「奥村ァ、お前何買う?」
「んー、適当にパンかなぁ」
「なるべく数入ってんの買えや、皆で分けんのやから」
「ちょっと志摩さん、何立ち読みしてはるんですか!」
「なにって、見れば分かるでしょ?普通にエロほ…‥」
「志摩ァ!」

にこにこと当たり前に返事をしかけた志摩の声におっかぶせるように勝呂が怒鳴って、広げていた所謂有害図書をもとの棚に乱暴に戻す。
子猫丸の顔が真っ赤なのは、ちらっと見えてしまった誌面の過激な写真のせいで、勝呂のそれは怒っているからだと分かるくらいには仲良くなってきた今日この頃だ。
きっと回りの大人たちからは煩い高校生だと思われているだろうけれど、反省するよりは彼らと一緒に騒いでいられることのほうが嬉しくて、燐はあははと声を上げて笑った。






残党モラル





学校の授業と塾での授業の間、こうして男ばかり4人で連れ立ってコンビニ通いするようになったのは、誰からともなく言い出した「腹減ったなぁ」の一言がきっかけだった。
ちゃんとみんなお昼はしっかり食べているのだけれど、なにせ育ちざかり食べざかりのお年頃だ。昼に摂取したカロリーなんて、時計の針がおやつの時間を回る頃にはすっかり 消費されてしまっている。
それでも最初の頃は慣れない環境で、それなりに気が張っていたからどうにか我慢ができたが、祓魔塾での授業を受けるようになって一カ月。
環境にもクラスメートたちにも馴染んでくると、緊張感がちょっと緩んで授業中に腹の虫が騒ぎだすようになり、 それじゃ勉強に集中できないやということで男子組はほぼ毎日、学校帰りに道草を食う。
燐は生活費二千円という悲しい身の上だが、多少の額の差はあれど皆似たりよったりの財政状況であるらしく、自然とそれぞれが買ったものを交換したり分けっこするのが当たり前になって いて、少ないお小遣いでもそれなりにお腹を膨らませることができた。

こういうとき、友達が居るっていいなぁと、つくづく思う。
有難くって、泣けてくる(大袈裟だけど)

レジ横でほかほかに蒸し上がっている肉まんに心惹かれつつ、けれどそこは見ないフリで燐はいつもの菓子パンコーナーへ向かった。
同じ百円ならば一つの肉まんよりも、一袋十二本入りのスティックパンの方が皆の胃袋を満たせるからだ。
まだ学生、しかも自分での稼ぎのない未成年だから仕方がないけれど、一人前の祓魔師になってお給料をもらえるようになった暁には、コンビニで思う存分好きなものを買い食いしてやるぞなんて。
そんなささやかな野望を胸にお目当てのパンの前に立った燐は、その隣。カップのデザートが陳列されたコーナーに佇む勝呂に気付いて首を傾げた。

いつもならそんなところには目もくれない勝呂が、珍しくもスイーツの並ぶショーケースをまじまじと覗きこんでいる。
別に甘いものが嫌いだとか、辛党だなんて話は聞いたことがないけれど、何となく勝手に甘ったるいものは苦手だろうと思い込んでいたから、勝呂がクリームたっぷりのシュークリームや宝石みたいな色の 果物のジュレ、真っ赤な苺のソースがきれいなムースに目を奪われている様は、なんだかとても妙な感じがした。

「お前って、そういうの好きなの?」
「いや、好きゆうか―――これ、めっちゃ気にならへんか?」

隣に並んだ燐をちらりと見下ろして、勝呂が「これ」と顎をしゃくる。
なんだなんだ?と促されるままショーケースに視線を向けた燐は、ちんまりとした可愛らしいカップデザートの中に一つだけ、どんと鎮座する黒いパッケージに目を丸くした。

「―――『俺のエクレア』?」
「えらいごっついネーミング、かつボリュームやないか?」
「確かにコレは気になるよなぁ」

言いながら屈みこんで、気になりすぎるブツに手を伸ばす。
勝呂の大きな掌に乗せられても、まったく小さく見えないのだから、かなりボリューム満点なサイズのエクレアだ。
生地もクリームも、全部こってりチョコレートなエクレアは普段ならば絶対に食べようなんて気にはならないが、この空腹を満たすにはちょうどいいのかもしれない。
そんなことを考えながら隣の勝呂をちらりと見上げたら、どうやら彼も同じことを思っていたようで、「分けっこできんけどな」と難しい顔で呟いた。
皆でわけっこするという暗黙のルールを無視するのは心苦しい。
けれど、謎の新商品への興味は抑えがたい。
友情と好奇心の板挟みだ。


カロリーメイトとコーラ、それから駄菓子コーナーで自分の好きなお菓子を選んでレジに向かおうとした志摩は、デザートのショーケース前で何やら難しい顔をしている燐と勝呂に気が付いて、くるりと方向転換した。
いつもなら誰よりも早く買い物を済ませてしまう二人が、今日は一体どうしたのかと思えば、エクレアを買うか買わないかで悩んでいるらしい。
あの二人をそこまで悩ませるなんて、そんなにも美味しそうなエクレアがコンビニなんかにあったっけ?と、燐と勝呂の肩越しに手元を覗きこんだ志摩は、目に飛び込んできたパッケージの文字に思わず噴き出した。

「なんちゅうヒワイなネーミングですか、これ〜!」

俺のエクレア、俺のエクレア…‥まるで念仏みたいに二度、三度と繰り返してから、またバカみたいに二つ折りになって笑いだす。
志摩の言っている意味がまったく理解できなくて、燐はきょとんとしたまま笑う志摩を眺めていたが、先に大笑いの理由に思い至ったらしい勝呂はパッとエクレアを元の棚に戻すと、返す手でピンクの頭をひっぱたいた。

「やかましいわ、ドアホ!」
「だって、だって〜〜どう考えても卑猥ですやん!いやぁ、ないわ!」
「お前の頭は、一体どないなってるんや」
「すぐにピンときたってコトは坊だって、おんなじこと考えたってことでしょ」

よほど笑いのツボだったのか肩で息をしながら、けれど自分だけが責められるのは納得がいかないらしい志摩が、詰る勝呂に珍しく食い下がる。
志摩が言うところの「ヒワイ」の意味がイマイチ分からなくて、一人話題に置いてきぼりにされている燐は説明を求めて子猫丸の姿を探したが、彼はこっちの騒ぎには気付かないフリでお菓子を選んでいる ―――どうやら、この件には関わり合いになりたくないらしい。

「なぁ、これのどこがヒワイなんだ?」

ならば、と。若干、志摩優勢で揉めている二人に疑問をぶつけてみたら、勝呂がぎょっとしたような顔で振り向いて、志摩がニヤリと笑った。

「えー?奥村くんマジで言うてるの?」
「だってエクレアだろ?なんでそれがダメなんだよ、意味分かんねー」
「俺の、って枕言葉がついとるのがアカンのや―――ほら、なんてゆうか、俺のエクレア言われると…‥微妙にアレっぽい感じがしいひん?」

さすがにそのものズバリな説明は気が引けたのか、ちょっとだけ声のトーンを落とした志摩が笑いをかみ殺しながら、片手を下ろして微妙なジェスチャーをして見せる。
男子ならば毎度お手洗いの度に見慣れた仕草に、ようやく志摩が何を言わんとしているか察した燐は、そのあんまりな内容にぶはっと噴いた。

「お前なぁ、食いモンに向かって、ちん―――もが!」
「ブツ名そのまんま上げんなや!」

何も考えずに大きな声で言いかけた燐の口を、大慌てで掌で塞いで勝呂が怒鳴る。
志摩との言い合いでも十分に回りに迷惑だったうえに、さらに空気を読まない燐の発言と自分の大声だ。
ちらりとまわりを窺うと、側にいた女性客はさっと視線を逸らしたが、レジの向こうの店員はあからさまに迷惑そうな顔でこっちを見ていて、勝呂はひどく居たたまれない気分になった。
不良みたいな格好をしているけど、中身は至って真面目な優等生なのだ。
私服ならばまだしも。明らかにどこの生徒か分かる格好で、こんなバカなことで騒いで学校の評判を落とすのは避けたかった。

空腹感よりも、世間体と羞恥心の方が勝った瞬間。

勝呂は燐の頭を抱えたままぐるりと回れ右すると、大股で一直線に店のドアへと歩き出す。
口と、おまけに鼻まで掌で塞がれて、呼吸の危なくなった燐が抗議を込めて勝呂の手の甲に爪を立てたが、そんなものはお構いなしだ。
いきなり置いてきぼりにされた志摩は、慌てて自分の選んだお菓子とジュースを抱え直して、そんな勝呂の後を追いかける。

「ちょ…‥坊、ぼーん!買いものは?」
「何もいらん!」
「おやつしないと、夜までもちまへんよ〜」
「やかまし!」

ちょっとふざけただけなのに。
予想外に臍を曲げてしまった勝呂と、巻き添いで強制退場させられてしまった燐を見送って、志摩はトホホと眉を下げた。

(そりゃまー、確かに品がない冗談やったけどさぁ)

だってあまりに雄々しいネーミングだったから、反応せずにはいられなかった。
どうしようか少し迷って、志摩は財布の中身を確認した志摩は件のエクレアを二つ手に取り、自分用に選んでいたお菓子を元の棚に戻してレジに並ぶ。
さんざんお下品発言をした後だから、ひょっとしたら更に怒られるかもしれないけれど、一応はお詫びの気持ちだ。

あんな風に出て行ったから、きっと置き去りにされているだろうなと思っていたら、店の外では先に買い物を済ませていた子猫丸と一緒に勝呂も燐も、自分が出てくるのを待ってくれている。
ネーミング微妙なこのエクレアが、坊の機嫌を直してくれるくらい美味しいといいなぁと期待しながら、志摩は千円札を取り出した。