物心ついた頃には、もう。いつも遠巻きに、まるで何か怖いものを見るような目で見られていた。 ひそひそと聞えよがしな内緒話の端々にはいつだって、「崇り寺の子」というお決まりの言葉が嫌悪半分、未知への好奇心半分で囁かれていて。 その言葉が聞こえてくる度に、父親のあたたかい手が勝呂の耳を優しく塞いだ。 「お前は好きに生きたら、ええ」 そんな風に守られても、お前は自由だと許されても。 一度不吉なものという目で見られてしまったら、そこから抜け出すことは容易じゃなくて。 幼馴染たちと外へ遊びに出ても、学校へ通う年頃になっても。あの大嫌いな呼び名と、大人たちから受け売りされた偏見はずっと勝呂に付いて回った。 (別に、ちゃらちゃら慣れ合うだけのトモダチなんて、いらん) 幼馴染の志摩と子猫丸は、いつだって側に居てくれたけど、さすがに学校では同じクラスになれるとは限らない。 二人と違うクラスにわかれてしまった年は、学校にいる大半の時間をむっつりと仏頂面で過ごしていたから、学校に楽しい思い出なんてほとんど無かった。 ぬくぬくと甘やかされて育った他の子供と自分は違うんだと、回りが自分を倦厭するのに張り合うように、自分も回りを軽蔑して。 ずっとずっと、明陀の大人たちと志摩と子猫丸という、無条件に自分を受け入れてくれる小さな世界を大切にして生きてきたし、これからも変わらないと思っていた―――けれど、 「すぐろー、一緒に塾行こうぜー!」 エントランスへ向かう長い廊下の向こうから、ばたばたと賑やかな足音が近づいてきたなと思ったら、もう嫌というほど聞きなれた声と一緒に背中に飛びつかれて、 喧しいのと鬱陶しいので眉間に深く皺が寄る。 いちばん最初にこのタックルを食らったときは、まさかそんなことをされるなんて思ってもみなかったから、燐もろとも派手に廊下に転がって。それはそれは恥ずかしい思いをしたけれど、 慣れてしまえば煩いだけで、別に痛くもなんともない。 「おまえ、何でいちいち人の背中どつくんや!鬱陶しい」 それでも一応かたちばかりの文句を言うと、「デカイから、飛びつきたくなんだよ」と。燐はちっとも悪びれない様子で笑って、当たり前のように勝呂の隣に並んだ。 そんな二人のやりとりを子猫丸はニコニコと眺め、志摩は燐が追いついてくるのを待ち構えていたように、いつもの笑顔で話しかける。 「なんで奥村くん、坊しか誘わへんの〜?俺や子猫さんかて、いつも一緒に居るのに、冷たいわ」 「だって、勝呂誘ったら自動的に付いてくるじゃん」 「なんやそれ、人をまるでセット商品みたいに」 「あはは、勝呂セットか。なんかマックのバリューセットっぽいよな」 「人を安売りみたいに呼ぶなや!」 セット呼ばわりは、そういえば祓魔塾に通い出したばかりの頃にも、燐に言われた。 あの時は思い切り図星で恥ずかしくて腹が立ったけれど、今は燐に悪意がないのを知っているから、文句は言うけれど本気で怒ったりはしない。 ただ、言われっぱなしは癪なので、タックルとセット呼ばわりへの報復に、燐の襟首を捕まえてヘッドロック。 そのままいつものペースで歩きだしたら、 引きずられる格好になった燐が大袈裟な悲鳴を上げて、掴まえた腕をタップした。 「坊、坊、あんまり無茶したら奥村くん死んでしまうよ」 「大袈裟やなぁ、子猫さん」 「そうや。こない図太い神経の奴、殺しても死なんわ」 「うわ、ひでぇ!助けて、子猫丸ー!」 芝居がかった口調と表情でもがく燐が可笑しくて、子猫丸が笑う。志摩も笑う。 ふたりが笑うのにつられて勝呂も声を立てて笑ったら、腕の中でジタバタともがいていた燐まで、一緒になって笑いだした。 決して爆笑するほど面白くなんてなかったはずなのに、お互い笑い顔を見合わせたら、もうどうにも笑いの発作が収まらなくなってしまって、四人は馬鹿みたいに笑いながら塾への道を歩き出す。 頭を抱えた腕に伝わってくる、楽しげに笑う燐の声。 煩いはずのその声を、心地良い。もっと聞いていたいと思っている自分に突然気が付いてしまって、じわりと耳が熱をもった。 いつもよりもっと、おおらかに笑う子猫丸と志摩。二人がこんなに笑っていることが、素直に嬉しい。 そして何よりも。こんな下らないことで大笑いできる自分が居ることが、意外で、なんだかすごく気分が良かった。 (ああ、そうか) ずっと、閉じた世界で生きていくんだと思っていた。 明陀のために、寺を復興するために魔神を倒す。それだけが自分の夢で、生きるべき道なんだと。 けれどその野望のもっと根っこのほう、いちばん深いところに埋めていた望みはそんな大層なことじゃなくて、もっともっとシンプルで優しい願いごと。 ふつうの子供みたいに、ともだちと思いっきり遊んでみたい。 気楽に、思ったことや好きなことを言い合って、喧嘩もして。 そうして、偏見も遠慮もなく。ただ、ありのままの自分を受け入れてほしい。好きになってほしい。 (怖々とか、遠慮なしに。普通に触れて欲しいんや) これまで、誰かとこんな風にじゃれ合ったことはなかった。 燐が。 燐だけが、固く閉ざしておいた世界の壁を物ともせずに飛び越えて。否、ぶち壊して。 今、こうして、当たり前みたいに隣で笑っている。 「ほな、塾行こか」 「えっ、このままでか!?マジで?」 「ははは、地味に嫌な報復ですねぇ」 「因果応報っちゅうヤツや」 苦しい、暑いと騒ぐ燐がバランスを取るために、片腕を伸ばして勝呂の背中。制服のシャツをぎゅっと握った。 いつもなら「皺になる」と怒るところだけれど、そうする代わりに勝呂は頭を抱えた腕をほんの少しだけ緩めると、燐が歩くリズムに合わせてこっそりと速度を落とす。 すぐに手を放してやらないのは、意地悪しているわけじゃない。 けれど本当の理由を教えてあげる気も、そんな勇気も欠片もあるわけなくて。勝呂は気付いた本音を隠すために、わざと眉間に力を入れた。 「したい。」 こんなこと言ったら、君は笑うだろうか。 |