小学生じゃないんだから、と。
てっきり呆れた顔で却下されると思っていたのに。
「志摩たちの部屋へ、泊まってきてもいいか?」とダメもとでお伺いを立ててみた燐に、雪男はちょっと笑って「いいよ」と二つ返事でOKを出してくれた。
笑ってはいたけれど眉尻がやや下がっていたあたり、あれは苦笑だったのかもしれないけれど。子供っぽいと思われようが、内心では呆れられていようが、いまはとにかくダメと言われなかったことの方が嬉しくて、 雪男にどう思われてても別にいいやという気になる。

候補生試験のための、強化合宿。

最初の一日目の晩は、寮内にグールが入り込んで朴が怪我をするというアクシデントが起きたから、みんな大人しく雪男の指示に従ってその晩は早々と眠りについたのだけれども。
二日、三日目になってくると、せっかくみんなで一緒に居るんだから少しくらい何か、勉強の合間の息抜きに遊ぼうかなんて雰囲気にもなってくる。
とは言え、まさかおおっぴらに騒ぐわけにはいかず。
志摩が大プッシュする女子風呂覗きなんて以ての外で、燐と志摩が大いに悩んで出した最後の案が「修学旅行っぽく皆で集まって寝よう」という、もう楽しいのかどうかすら微妙な企画だった。

「だってー、肝試しも花火もアカンやったんですもん」
「当たり前や!何しに合宿来とると思うてんのや」
「せっかく女子が、同じ屋根の下に寝泊まりしてるのに〜」
「志摩ってほんと、女好きなー」
「・・・悪いクセ通り越して、半分病気ですわ」
「そんなぁ」

にこにこと笑顔で、だけど確実に棘のある言葉を柔らかな口調で並べた子猫丸に、志摩の眉が情けなく下がる。
板張りの床に並べたマットレスの寝心地を確かめるように、ぽんぽんと手の平を弾ませた燐の隣に、早くも横になる方向も一人分の面積も完全に無視した志摩がゴロンと寝転がった。
遠慮もなしに投げ出した腕。志摩の手がぽすんと足にぶつかったと思ったら、そのまま胡坐で座る膝にすがって、腿に頭を乗せられて。膝枕を強いられる格好になった燐は、ぐいぐいと志摩の頭を押し返す。

「おい、なに勝手に人の膝、まくらにしてんだよ」
「痛い痛い!ひどいわ奥村くん!子猫さんの一言に傷付いた俺の心、ちょっとくらい慰めてくれたってエエですやん」
「男同士で膝枕とか、キモいだろーが!」
「そりゃあ俺かて、ほんとは女子の方がええけども〜」

「いま、ここにいる面子で縋る相手を選ぶとしたら、奥村くんしか選択肢ないやんか」と冗談っぽく甘えた声で続けられて。志摩の頭を乗っけたまま、燐は子猫丸と勝呂を見比べる。
確かに。子猫丸に縋ったら更に辛い言葉をもらいそうだし、勝呂に至っては言葉じゃなくて拳が落ちてきそうだ。
下手をしたら、踏まれるかもしれない。
勝呂に踏まれる志摩を思い浮かべて思わずにやっとした燐を見下ろして、微妙に眉根を寄せた勝呂が照明のスイッチに手を伸ばした。

「ほな、電気消すで?」
「はーい」
「おう」
「お願いしますー」

ぱちんと乾いた音がして、明るかった部屋にも夜が来る。

勝呂が寝床に戻って来るのを待ち構えていたように、燐の膝から起き上がった志摩が今度は頬杖をついて寝そべった。子猫丸は少し遠慮がちにちんまりと正座、空いた一人分のスペースに勝呂が胡坐で座る。
部屋の灯りが落とされた瞬間、まだ眠ってしまいたくないなと思っていた燐は、同じくちっとも眠る気のなさそうなクラスメートたちを見回して何だか嬉しくなった。
遮光性なんて全く期待できそうにない薄っぺらいカーテン越しに、遠い街灯りと月の光が部屋を淡く照らしていて、目を凝らさなくてもお互いの表情が見て取れる。

「ほんで、何の話するんや。合宿の反省会か?」

風呂上がりのせいで前へ落ち、視界を遮る長い前髪を片手で掻き上げた勝呂が、意地悪く笑って隣に座る燐を見、そのまま視線を志摩へと流した。
決して本気で言ってる訳じゃないと分かる勝呂のからかう口調に、ふっかけられた燐と志摩は目配せし合ってニヤリと笑う。

「こんな時まで勉強のハナシとか、ほんま変態とちゃいます?もっとありますやろ、楽しい話が。ねぇ、奥村くん?」
「怖い話しよーぜー」
「さんざん悪魔見とって今更お化けの話なんかしても、何も怖ないやろ。アホか」
「じゃあ、虫が絡む『怖い話』はどうですか?」
「アカンアカン!それだけはぜっっったいに、アカンで子猫さん!!」

志摩が求める楽しい話なんて、考えなくても分かりそうなものなのに。
わざとなのか天然なのか、見事に期待を裏切って小学生男子みたいな事を言い出した燐に、すかさず勝呂のツッコミ。温和な笑顔で鬼のような事を言い出した子猫丸には、志摩の泣きが入る。
できればそこで志摩をからかうのを止めて、他のどうでもいい話題に移っておけば良かったのだけれど。悪いことに燐にはとっておきの「虫にまつわる怖い話」があった。
和やかに過ごしたいなら、黙っておくべきだとは思う。
けれど一度喋りたいと思ったことは、お腹に溜めておくと気持ちが悪い気がするし、何よりも志摩がどんな反応をするのか見てみたい気もしてしまう。

ちょっと迷って、ほんの一瞬考えて。
情けなく子猫丸の肩に縋る志摩を見たら―――我慢の限界はあっという間にやってきた。

「そういえばさー、小学生の頃。俺と雪男ふたりで、普段使ってねぇ部屋の掃除を頼まれたことがあるんだよ」

マットレスに座ったまま、前振りもなにもなく唐突に昔話を始めた燐に、三人の視線が集まる。
雪男の名前が出てきたことで、燐が一体何の話をするつもりなのか分からなくなったらしい。とりあえずは静聴の姿勢のクラスメートたちを見回して、燐はこっそり唇の端で笑った。




あれは、たしか小学校5年生の夏。
そろそろ自分だけの部屋が欲しいなんて、生意気なことを言い始めた燐に、育ての親である藤本神父は交換条件付きのOKを出してくれた。
条件と言っても、内容はとても簡単。
「自分の部屋が欲しいなら、空き部屋を片付けて自分で作ること」それだけだ。
ちょうど夏休みの真っただ中だったし、宿題をするよりは掃除で体を動かしている方がまだマシだからと、部屋を分けることを渋る雪男を引き連れて挑んだ大掃除。
使っていない部屋ならば、どこでも自由にして良いと言われた燐が選んだのは、もう長いこと荷物置き場になっている角部屋だった。
今に思うと、どうしてそこを選んだか自分でも分からないくらい、西日が入る時間以外は薄暗くて風の入らない部屋だったと思う。(ひょっとしたら、それを秘密基地みたいでカッコイイなんて思っていたかも しれないけれど)


「部屋のドア開けたらホコリの匂いがして、なんかじめじめ暗くてさぁ。しかも床一面に黒い絨毯が敷いてあんだよ」
「絨毯?使うてない部屋にか?」
「そ。それもすげえデカイやつ」

怪訝な顔でこっちを見る勝呂に、こくりと頷いて燐は話を続ける。

「とにかくさ、掃除するにもまずは窓開けなきゃダメだろ?だから俺、雪男に先に入って窓開けてこいって言ったんだ」
「ええ、それで?」
「雪男が荷物で躓いたらマズイと思って、俺はドアのすぐ横にあるスイッチで部屋の灯りを点けた。そしたらスゲーんだぜ?絨毯だと思ってた床が一斉に」
「ぅわ――――――――!!!!!!」
「ざわざわざわーーーーって動き出してな」
「イヤやぁぁぁ―――――――――!!!!」
「志摩さん、喧しいです」

子猫丸にぴしゃりと窘められても、もうそれどころではない。
黒い絨毯の正体が何なのかいち早く勘付いた志摩は、燐の話を聞くまいと両手で耳を塞いで絶叫し、頭からマットレスに突っ伏した。
志摩ほどの拒絶反応ではないものの、気色悪さは十分味わったのだろう。鳥肌の立った腕を擦りながら、勝呂が渋い顔で燐を見る。

「すっげえ数のゴキブリが、一斉に解散して部屋から出てったんだよ」
「マジか?‥‥そりゃ、やばいな」
「だろ?あの動きはアレだな、トトロに出てくる黒いヤツ‥‥なんだっけ?」
「まっくろくろすけ」
「そうそう、それにそっくりだった」

あははと笑う燐は、ちっとも悪びれない。
それどころか言いたいことを全部話して、すっきりとさえしていた。
そんな燐の楽しげな声に流石にカチンときたのか、もしくはもう虫の話をされ過ぎて前後不詳に陥ったか。
前のめりに突っ伏していたはずの志摩がムクリと起き出して、手近に転がっていた枕をむんずと掴む。構える。
そして―――
  
「なに気楽に恐怖体験語っとんのやーーーーー!」

思いっきり手加減なしに、燐にめがけてブン投げた。
わっと声を上げて、すかさず燐が床に這いつくばって回避したせいで、志摩が投げた枕はとなりの勝呂の顔面に当たって落ちる。
まさか自分の方に飛んでくるとは思っていなくて、まるきり無防備に座っていたものだから、避けも受け止めもできずに直撃されて結構痛い。
ぴくり、と。勝呂の眉が動いて、眉間にいつもの縦シワが寄るのを横で見ていた燐は、これから報復を受けるのだろう志摩へ気の毒そうな視線を向けた。

「志摩‥‥お前、ええかげんにその虫嫌い、どうにかせぇや」

投げつけられた枕を掴んで、勝呂が立ち上がる。
さすがにまずいと我に返った志摩が、慌てて燐の肩を引き寄せた。
もう逃げる暇もなく志摩の盾にされながら燐は、まるで野球のピッチャーのようなきれいなフォームで、勝呂が枕を大きく振りかぶるのを至近距離に見る。

一瞬後―――ボスン、と。それはそれは良い音がして、全力投球された枕が燐の顔面にめり込んで。
それが無関係な子猫丸までをも巻き込む、不毛なまくら投げ戦争の開戦になった。









明け方。
肌寒くって目が覚めた。

マットレスに寝転んだままカーテンの隙間から見上げた空は、夜と朝が混じり合った深い藍色で、まだ起き出すには早い時刻だと知る。
昨夜はくったくたになるまで暴れまわって、大笑いして、結局いつどうやって寝床に入ったのか覚えていないから、きっとそのまま眠ってしまったんだろう。
眠気に霞む目を開けて少し頭を持ち上げてみれば、きちんと整えておいたはずの寝床はシーツがくしゃくしゃに乱れ、枕は部屋の隅にふっとばされて惨々たる有様。
何か重たい寝苦しいと思った原因は、同じように妙な方向へ向いて眠っている志摩の足が乗っかっていたせいで、勝呂は顔をしかめて下敷きにされていた足を退けて反対側に寝返りを打った。
すると今度はびっくりするくらい間近に眠る燐の顔があって、どうしてちゃんと人数分の広さがあるのに、こんなに皆が密集して寝ているのかとうんざりしながら溜息を吐く。

(‥‥寒いんだよな)

毛布が欲しいと思ったけれど、手繰り寄せるにはすこし離れたところにあって。起き上がるのは面倒臭いし、いま体を起こせば他のみんなも起こしてしまうかもしれない。
何もかけずに雑魚寝するには、まだ早い季節。明け方は特に気温が下がるから、きっとみんな暖を求めて自然とくっつき合って眠っていたのだろう。
志摩がごそごそと寝返りをうつ音がして、子猫丸の寝息が苦しげに変わった。きっとまた志摩が足を乗せているんだろう、見なくても分かる。
子供の頃から相変わらずに寝相の悪さに苦笑した勝呂は、そばで眠る燐に視線を戻すと、そろりと手を伸ばして彼の体に触れてみた。
シャツ越しに伝わってくる体温が、寝冷えた肌にじんわりと暖かい。
燐の寝息に耳をそばだてながら、ゆっくりと呼吸のリズムを合わせて目を閉じたら、何だかとても懐かしい気分になる。

思えば、昔はよくこんな風に遊び疲れて眠っていた。
自分以外の人間の寝息をこんなにも近くで聞いて、体温を感じて眠るのは本当に久しぶりで心地良くて―――自然と目蓋が重くなる。

再び訪れた眠りの波に逆らわずに身を任せた勝呂は、もう何も考えず、すぐ近くにある優しい温もりに身を寄せて意識を手放した。





僕らの名前をおしえてあげる

それは、トモダチ