きゃはは、と。
高い声での笑いがキンと耳に響いて。反射的に勝呂は舌を打ち、子猫丸はびくっと肩を竦め、志摩は「ええなぁ」と目尻を下げた。
声のした方を振り向いてみると、ゲームセンターの入口に置かれたプリクラの前で他校の制服姿の女の子たちが、いま撮ったばかりのシールを切り分けながら大笑いしている所で、それを目にした勝呂がますます露骨に嫌な顔になる。

「なんや、やっかましい女やなァ」
「まぁまぁ、そう怖い顔せんでも。元気が良くて可愛らしいやないですか〜」
「志摩さんにかかれば、女の子は何でもカワイイの一言で許されそうですね」
「あっ!なんや子猫さん、その微妙に棘のある言葉。傷付くわぁ」

だって可愛いもんは可愛いやないの。ねぇ、奥村くん?
このメンバーの中ではまだ、唯一すこしでも味方になってくれそうな燐の肩に懐いて同意を求めた志摩は、すぐに返ってくると思っていた返事がないのを訝って燐の顔を覗きこんだ。
今日も朝からずっと暑かった一日。まだちっとも下がらない気温の中で、暑苦しく肩に志摩をひっつけたまま、燐は興味津々といった目で女子高生たちを眺めている。
もしやあの中に好きなタイプの子がいるのかと、いらない勘ぐりをしてニヤニヤし始めた志摩を呆れた顔で見下ろして眉間にシワを寄せた勝呂は、立ち止まってしまった燐を促すように名前を呼んだ。

「おい、奥村」
「‥‥なぁ、ずっと気になってたんだけどさ」
「ぁあ?」
「あれ、あのハデハデのでっけー機械‥‥あれって、中で何やってんだ?」

今やきっと、そこそこ年のいったオジサンでも何をする機械かくらいは知っていそうなプリントクラブ――――通称プリクラ。
燐ももちろんその名前くらいは聞いたことはあったけれど、じゃあ具体的にあの中で何をしているのかとか詳しいことは知る由もなくて。
ずっと気になっていた疑問をここぞとばかりに口にしたら、勝呂と子猫丸が驚いたみたいに顔を見合わせ、志摩が耳元で妙な声を上げたものだから、燐は顔を赤くして「だって!」と早口に言い募る。

「ああいうのって、何人かで使うモンなんだろ?俺、あんまし一緒にああいうトコロに行くようなヤツいなかったし、雪男はゲーセンとか毛嫌いしてたからさぁ」
「あー、確かに若センセは嫌いそうやな。不良の行く所だとか言いはりそう」
「そうそう、金と時間の無駄だって」

確かに若先生の言いそうな台詞だなぁと、生真面目な弟君の顔を思い浮かべて思わず笑ってしまった志摩は、まだ少し赤いままの燐の横顔を眺めて眉を下げた。
はっきり言って、野郎だけで撮ったプリクラなんて欲しいとは思わない。
そもそも男四人でそんなもの撮ってること自体、微妙に寒い気がするのだけれど――――こうも分かりやすく「やってみたい」という雰囲気を醸されると、なんだか放っておけないというか。
ここはやっぱり期待に応えてあげたいような気になってしまうあたり、自分は心底イイ奴だなぁと思ってしまう。

「よし!それじゃせっかくやから、四人で記念に一枚撮っときますかー。口で説明するより、実際やってみた方が分かりやすいやろ?」
「へっ!?」
「っつうか、何やその『記念』て」
「そんなん、奥村くんのプリクラデビュー記念に決まってますやん」

志摩の提案に嫌そうなスタイルを崩さないまま、けれど燐を引き連れて歩き出した志摩のあとをちゃんと付いて来ているあたり、勝呂も本気で嫌がっている訳ではないらしい。
まだまだ、いまよりずっと子供だった頃に一度だけ。好奇心に惹かれて三人で遊んだっきりで、その後は勝呂と子猫丸もプリクラなんて撮っていないだろうから、ひょっとしたら最近の機械はどんなものか興味を引かれたのかもしれないが。
なにはともあれ、燐をがっかりさせることにならなくて良かったと、にこにこしながら志摩はカラフルな写真と文字の躍るビニールのカーテンを潜った。




荷物はカメラに写らないよう、全部まとめて隅っこの足元へ。
一人百円ずつ出し合って硬貨を投入口に放り込んだら、撮影準備を促す女の子の声と一緒に照明がぱぁっと明るくなって、白い光の眩しさに驚いた燐が「おおっ」と声を上げてのけ反った。
仰向き過ぎてよろめいた燐の肩を肘で押し返して、彼の肩越しに画面を覗きこんできた勝呂を見上げて、子猫丸と志摩が笑う。

「坊、奥村くん、どのフレームがええですか?」
「フレーム?なんだそれ」
「激しくファンシーなのと、そっちのハート以外やったら何でええ。お前らの好きにせぇ」
「あっ、じゃあ僕これがいいです」

志摩の手からタッチペンを横取りした子猫丸が選んだのは、四隅にかわいい猫のイラストが入ったフレームで、猫好きの彼らしいとは思うのだけど激しくファンシーなチョイスだ。
ファンシーの基準なんて十人十色であるわけだし、好きにせぇと言った手前いまさら文句も言えなくて黙り込んだ勝呂が可笑しくて、笑いを噛み殺しながら志摩は残り三枠のフレームを手早く選ぶと撮影スタートのボタンを押した。

「これから何枚か連続で撮るから、奥村くんテキトーにポーズしたってや」
「えっ?もう始まんのか!?‥‥って、テキトーって?」

そんなにも早いテンポで撮影が進むと思っていなかった燐が慌てる。
急にポーズを取れなんて言われても、どうしていいか分からずにアタフタする燐に向かって、カメラの映した画面越しに子猫丸が笑いかけた。

「とりあえず、最初はピースでもしときましょか」
「奥村くん。画面見るんやなくて、カメラはあっちやで」
「お、おう!」

慣れた様子でカメラに向かって笑顔を作る志摩を真似て、とりあえずピースを突き出しながら一旦停止。
直後、カシャと作り物のシャッター音が響いて、目の前の大きなモニターにたった今撮影したばかりの四人の姿が写る。 仏頂面の勝呂、いつも通りの笑顔の子猫丸に、緊張で強張った笑顔の燐、若干ポーズ作り過ぎの志摩が横一列に並んでピースサインを突き出している絵はなかなかに滑稽で、一瞬の沈黙のあと四人は盛大に噴き出した。

「やばい!なんだこれ、面白いな!!」
「てゆうか、坊!何でピースでメンチ切ってはるんですかー!」
「別に普通の顔しとるだけや!それより奥村の顔の方がマズイやろ」
「うっせー!」
「あっ、ほら次の撮影始まりますよ!」

一枚目の写真はすぐに消えて、画面では子猫丸の言う通り。すでに次の撮影までのカウントダウンが表示されている。
思いっきり笑ったおかげで緊張が解けた燐は、今度は子猫丸と一緒に一歩前へ出るとフレームの猫を真似て、招き猫のようなポーズをつけてみた。
きっと女の子がすれば可愛いだろうにゃんこポーズも、男子高校生がやると薄気味悪いの一言だ。

「わぁー、びっくりするほど可愛ないなぁ!坊も一緒にどうです?」
「死んでも嫌や」

カシャと二度目のシャッター音。
撮れた写真は猫のポーズの子猫丸、燐、志摩と、そんな三人(主に志摩)に殴りかかるポーズの勝呂。
そのままの流れで三枚目は勝呂が子猫丸の肩に腕を置き、燐と志摩もいつも通りのリラックスした笑顔でカメラに納まった。
実際にやってみるまではプリクラなんて。ただ写真を撮るだけの機械なんて、一体何が楽しいんだろうと思っていたけれど、かしこまってじっとしている記念撮影と違ってみんなでふざけながら撮るプリクラはなかなかに面白い。
いつの間にかさっきの女子高生と変わらないくらい、自分たちもわいわい声を上げて騒いでいたことに気が付いて、ひとりナルホドと納得していた燐は志摩の「最後の一枚やって」と言う声にはっと顔を上げた。
とりあえずみんなでプリクラを撮れて満足だけど、何かやり残したことはないだろうかと、一瞬の間で忙しく思考を巡らせる。
子猫丸とは同じポーズで撮った。
志摩とも隣同士で並んだ。
あとは――――

「俺、今度こっち行く!」

まだ、勝呂と並んでは撮っていない。
子猫丸や志摩と並んだなら、勝呂とだって一緒に写っておきたいような気がして、燐は子猫丸と勝呂の間に入りこんだ。
そうこうしている間にも、待ってはくれないプリクラは撮影までのカウントダウンを始めていて、燐は慌ててカメラの方へと向き直る。
隣に並んだはいいけれど、ポーズも何も決めていない。
ちょっと逡巡した末に燐はぐっと背伸びすると、さっき勝呂が子猫丸にしていたように、彼の肩に腕を回してみた。
雪男以外の誰かと肩を組んで写真を撮るなんて、一度もしたことがなくて。
だから実はちょっと憧れていたりもしたのだけれど、勝呂相手にあまりベタベタくっつくのは嫌がられるかな?と、ちらりと不安が胸を過る。
そんな不安が顔に出たのか、はたまた無理な背伸びにぐらつく燐が気になったのか。まるで支えるみたいに、ぐいっと勝呂の腕が燐の肩に回って

「しけた面してんなや」

燐だけに聞こえるような小声で、勝呂がぼそりと呟く。
一瞬、何を言われたのか分からなくて。
勝呂の言葉が意味を持って、脳に浸透するまでに数秒かかって。

肩に腕を回されたまま、つまりは「笑え」と言われたことにようやく思い至った燐が、勝呂の顔を見上げたところで「カシャ」と最後のシャッターが落ちた。




撮影が終わって、待つこと数分。
プリントされて出てきた写真を、プリクラの横に用意されていたハサミで切り分けて四人で分ける。
写真を撮り終わったのに、志摩がタッチペンでいつまでも画面を弄っているから、一体何をしているのかと思っていたら、どうやら撮った写真にスタンプやキラキラのラインでデコレーションをしていたようで、 出来上がった写真にはあちこちに悪戯心満載なラクガキが追加されていた。
猫のポーズの子猫丸に、猫耳とヒゲが描き足されているのに笑いながら、四枚目のプリクラを志摩から受け撮った燐は何気なく写真に目を落とし、思わずそのままフリーズする。
ほとんど同時に同じ写真を手渡された勝呂は、描きこまれたラクガキに気がつくなり、手加減なしにベチンと志摩の頭をひっぱたいた。

「何いらんラクガキしとんのや、このドアホ!ピンク!!」
「痛ったぁ!ちょっとふざけただけですやん〜」
「やかましい!」

低いけれど、よく通る声での一喝に、道行く大人たちが一体何事かと怪訝な顔で振り返る。
これではますます、さっきここで騒いでいた女の子たちと一緒じゃないかと気が付いた四人は、荷物とプリクラを手にそそくさとゲーセンの前を離れた。
プリクラの前を離れてもまだ損ねた機嫌が戻らない勝呂が、不機嫌の元凶になった志摩の頭を小突きまわして歩くのを斜め後ろから眺めながら、燐はさっきもらったプリクラを思い出して、ひとりこっそり赤面する。

勝呂と肩を組んで撮った四枚目のプリクラ。
嫌がられるどころか、勝呂からも肩を組んでくれたのが本当に意外で嬉しくて。それが素直に表情に出てしまった燐の顔は、ちいさな写真でもはっきり分かるくらい頬が赤くなっていた。
目線はカメラではなく勝呂に向き、それだけでも何だか気恥ずかしいのに、更にそんな燐と勝呂の間に志摩がピンク色ででかでかとハートマークを描き込んだものだから、もう目も当てられない。
せっかく友達らしいポーズで撮れたと思ったのに、ハートのラクガキのおかげで台無しだし。
赤い顔で、じっと見上げているなんて。友達同士のプリクラというよりは、まるで


(俺が勝呂のコト意識して、一人で照れてるみてぇじゃん!)


「奥村くん、どうしはったん?」

勝呂と志摩の追いかけっこに参戦せず、大人しく隣を歩いている燐を子猫丸が不思議そうに見上げてくる。
どうしたと尋ねられても、はっきりした答えがあるはずもないモヤモヤを言葉で説明できるはずがなくて、燐は誤魔化し笑いを浮かべると

「なんでもねーよ」

いつも通りの声でそう言って、子猫丸を置き去りに、少し前を行く志摩の背中に照れ隠しと八つ当たりのタックルを仕掛けるために勢いよく駈け出した。





かわいい呪いを結わってあげる

好きだなんて死んでも絶対