これまでだって、寂しくなかったわけじゃない。
不良だ。
悪魔みたいだと囁かれて、怖そうに遠巻きにされて。
どんなに優しいことをしようと頑張っても、いつも。楽しげに笑う人の輪から外れてしまって、ひとりきり蚊帳の外。
だけどそんなことは物心ついた頃には当たり前のことで、どんなに仲間外れにされていても修道院に帰れば優しい弟と、多少手荒ではあるけれども無条件に愛してくれる養父が居て、いつだって 自分に笑いかけてくれるから寂しさに押しつぶされてしまうなんてことは一度もなかった。

けれど、今は




「ただいま」

玄関先の灯りは点いているものの、まだ誰も帰っていない寮の部屋はすっかり夜の帳が下りていて、廊下からの弱々しい灯りを頼りに部屋の電気を手探り見つけた燐は、乱暴に荷物を床に頃がして靴を脱いだ。
脱ぎ捨てた靴も放り投げたカバンも、そのまま放っておけば後から帰ってきた雪男に確実に文句を言われると知っていて、わざとそのままにしておくのは親の注意を引く為に悪さをする子供の心境だ。
お小言をもらえば煩いと思うくせに、何か構って欲しいだなんて。
矛盾していて、馬鹿みたいで、我ながら笑ってしまう―――――ようするに自分はいま、寂しいんだなと思い当たった感情を奥歯でぐっと噛みつぶして、燐は重たい足を引きずり歩くとそのまま 自分ではなく雪男のベッドに制服姿のままぼすんと突っ伏した。
燐の体重を受け止めて、古いベッドのスプリングが軋む。


みんなを守るために剣を抜いて、青い焔を纏った。
やさしいことのために、力を使おうとしたのだけれど。


「おれ、なんでいつも上手くいかねえのかな」

何か人の役に立ちたくて頑張るたびに空回っては、いつも養父に投げかけてきた疑問を一人きりの部屋で呟いてみる。
耳が痛くなるほど静かな部屋はどんなに耳を澄ませても、自分の呼吸と時計の秒針が刻む一秒ごとのリズムしか聞こえなくて、どんなに待っても返らない養父の返事に燐は息を止めて目を瞑った。

―――――寂しい。

アマイモンの襲撃に遭ったキャンプから戻ってすぐに、本当はみんなと話をしたかった。
操られていたしえみの具合も気懸りだったし、目の前で怪我を負った志摩や子猫丸、それから勝呂のことが心配で仕方なくて。
とにかくほんの少しの時間でいいから顔を合わせる時間が欲しかったのだけれど、既に危険物として扱われることになっていた燐は、クラスメートたちのいる教室に近付くことさえ許されない。
ならばせめて声だけでもと掛けてみた携帯電話は、何度コール音を数えても向こうに繋がることはなく、言葉を選んで送ったメールも完全な一方通行で―――――ここにきてようやく燐は、自分が 避けられているという可能性に思い当たって茫然とした。

回りを取り巻く分からず屋の大人たちに阻まれて、会えないのではなく。
彼らが、彼らの意思で自分を避けているから、会えない。

―――――いやだ。

瞑ったままの目。
まぶたの裏に、つい数日前まで一緒にいた気の良いクラスメートたちの顔を思い描いて切なくなる。
子猫丸の優しい笑顔、悪戯っぽく笑う志摩の顔、それから勝呂の仏頂面と時折気紛れに髪に、肩に触れてくる大きな手の温もり―――――あれはみんな「人間」である燐に向けられたもので、 悪魔の子だと知られてしまった今ではもう、二度と望むことができないものなのだろうか。





体の芯のほう、胸なのかお腹なのかも分からないけれど、とにかくこの薄っぺらい体の深いところが冷えて、じくじくと痛んだ。
雪男のようにちゃんと学校へ行って勉強していないから、この痛む場所に何の臓器が収まっているのかなんて知らないけれど、きっとここに心があるんだろうと思う。
そうでなければこんなに痛むはずがない、違うというならきっとこれは命に係わるような悪い病気だ。
うっかりすると噛みしめた歯の隙間から漏れてしまいそうになる嗚咽を意地で飲み込んで、燐はシーツに顔を埋めた。
ここで泣いたら弱い心に負ける気がして、勝呂たちに避けられていることを自分で認めてしまうことになりそうで嫌だった。

認めてしまえばきっと、もっと怖くなる。怖くなって、もう自分から彼らの中に飛び込んでいく勇気が消えてしまう。
だから一生懸命に目を逸らして、気付かないふりをしていなければいけない―――――次にみんなに会ったとき、いつも通りの顔で笑いかけられるように。





『りんー?』

ととと、と。
ちいさな足音が近付いてきて、突っ伏しているベッドが微かに軋んだ。
燐が丸めてしまったシーツを踏んで歩いて顔のそばまで来たクロは、うつ伏せに倒れたっきりピクリとも動かない燐を心配したのか、様子を窺うように控えめにちいさな額を押し付けてくる。
耳元でぴすぴすと鳴る鼻息と、寄り添ってくるぬくもりが冷え切ってしまった体に心地良い。
燐は顔は上げないままそっと手を伸ばすと、クロのちいさな背中を手のひらで優しく撫でてやった。
そうしてやると、嬉しそうにピンと伸びる尻尾。ごろごろと鳴る喉の音がくすぐったい。

『りん、どうしたんだ?』
「なんでもねーよ」
『でも、すっごく苦しそうだぞ?どっか痛いのか?』

浅い呼吸を拾い上げて、嗚咽を堪えるせいで不自然に押さえた声音に首を捻って。燐を気遣う無邪気で聡い猫又は、可愛い声でにゃあんと鳴く。
無理に笑うことも、誤魔化す言葉も。寂しさで鈍くなった頭では咄嗟に思いつかなくて、燐は返事の代わりにクロのちいさな体をぎゅっと抱き寄せると、ふわふわの白い胸の毛に泣きそうな顔を埋めて細く息を吐いた。


「大丈夫。なんでもねーよ」





蒼のはじまりに 僕は泣く

このままでは終われない