「なぁ、もし明日世界が終わってまうとしたら、みんなは何して過ごしたいて思う?」

椅子に浅く腰かけて、足を遠慮なく狭い通路に投げ出した志摩が、集まった面々の顔を覗き込むようにしながら、そんな質問を投げかける。
祓魔塾のいつもの教室、授業と授業の合間の時間にゆるゆると交わす他愛もないお喋りだ。

「明日、世界が終っちゃうの?」
「そう、明日やで。どないする?」

唐突に突き付けられた、雑談にしては少しばかり重たいテーマの「もしも」に、ほんのすこし声を潜めたしえみに向かって志摩が軽く頷いて見せる。

もしも、宝くじの一等賞が当たったら、どうする?
もしも、ひとつだけドラえもんの道具が貰えるなら、何が欲しい?
もしも、もしも

どういうわけか、志摩は「もしも」の話が好きだ。
祓魔塾に通うようになって、こうしてみんなが打ち解けてから彼の投げかけた「もしも」の問いは、たぶん両手の指の数を超えている。
いくら真剣に考えても所詮は仮定の話なのだから、そんなことに頭を使うだけ無駄じゃないかと思うのだけど、なかなかどうして。 これが考え始めると結構面白くて、最初は戸惑っていたしえみも燐も、すぐに志摩のもしもの話に乗っかるようになっていた。

「志摩さん、冗談でも明日で世界が終わるとか、滅多なこと言うもんやないよ」
「お遊びなんやから、そうカタイこと言わんといて下さいよ。子猫さんなら、どうしはる?」

次の授業の教科書を几帳面に角合わせで机の上に用意した子猫丸は、お小言をきれいに無視して投げ返された問いかけに、若干むっとした表情を浮かべながらも律儀に「うーん」と考え込む。
そもそもいきなり世界が終わるなんて、一体明日何が起こるのかそっちの方が気になったが、しばらく考えた末に子猫丸が出した希望は至ってシンプルなものだった。

「僕は、明日世界が終わるなら、京都に帰って明陀のみんなと一緒に居ます」
「そ、そうだよね。私も色々考えたけど、やっぱり最後の日は家族と一緒に居ると思う」

子猫丸の言葉に、しえみがつられたように声を上げて。
心優しい少年少女は、お互いに「うん」と強く頷き合う。
何をしたい、とか。そんな欲張りな希望はなくて、ただ安心できる人の側に居たいという願いは面白味こそないけれど、純粋で。質問を友人たちにふっかけた時点で「俺は最後の日には、 綺麗なお姉さんに囲まれて、ちやほやされながら往生したいねん」なんて煩悩まみれの妄想をお腹に抱えていた志摩は、いっぺんに真面目な色に染まった場の空気に居心地悪く視線を泳がせた。
そんなエロ魔人の向かいに座った勝呂は、呆れたような半眼になって、机の上に頬杖を付く。

「おおかた、お前の妄想は予想がついとるから、喋らんでもええぞ」
「あー、確かに。子猫丸としえみの後で聞いたら、なんか悲しくなりそうだよな」
「ひどいわ、坊!奥村くんまで!!」

勝呂はともかく、きっと自分と似たり寄ったりのレベルだと信じて疑わなかった燐にまで、寒々しい視線を向けられるとは予想外だった。
何だか、信じていた友に裏切られた気分だ。
せめて笑って突っ込み入れてくれるのが優しさでしょ?と、泣き笑いの表情で燐の肩にしなだれかかろうとしたら、それより先に伸びてきた勝呂の手に首根っこを捕まえられて、甘えに逃げることも 許されない。
そんな散々な体の志摩に、子猫丸としえみが楽しげに声を上げて笑って、少し離れた席からこっちを見ていた出雲が「くだらない」と肩を竦めた。

「ねえ、神木さん。神木さんだったら、最後の一日どう過ごしたい?」
「はぁ?別にいつも通りよ。私は今の生活が充実してるから、そんな風にみっともなくジタバタしないわ」
「出雲、かっけぇーー!」
「さすがですねえ、神木さん」
「どっかのドアホに聞かせてやりたいわ」
「いやいや、聞こえてますって!てゆうか、出雲ちゃんカッコええわぁ〜惚れ直すわぁ」

精一杯無愛想な返事を選んだつもりが、一斉に集まった尊敬の眼差しに、出雲の頬が赤く染まる。
慣れ合うなんて御免。
休み時間にお喋りなんて、友達みたいなコトしたくない―――――そう意固地に思いながらも、結果的に仲間入りしていることがむず痒い。
クラスメートたちに注目されるのが嫌で、どうにか注意を逸らせようと焦った出雲はピシリと燐を指差した。

「あ、アンタはどーなのよ!?最後の日は、どう過ごすつもり?」
「へっ、俺?」

指差されて、急に回ってきた指名に腕組みして考える。
最後の日、
その日を最後に、もう明日がこないなんて言われても実感なんてあるはずなくて、気の効いたプランなんて思いつく筈もないのだけれど・・・

(ああ、でも――――みんなとは、一緒に居たいよな)

ほんの数ヶ月前までは、名前も顔も知らなかった仲間たち。
だけど今では、誰一人欠かすことのできない大切な人たちだ。
きっと今年の春に同じ質問を投げかけられたら、雪男と獅郎の名前しか挙げられなかっただろうけれど、今は違う。
そんな変化が、素直に嬉しい。

「俺だったらそうだなぁ・・・美味いメシめいっぱい作って、好きなやつだけ呼んで一緒に食べたいな。楽しく、わいわいさぁ」



最後だと言うならば、予算も手間も考えないで。
自分の好きなものだけじゃなくて、集まったみんなのどんなリクエストだって受け付けてしまおう。
とにかく食べたいものを食べたいだけ、お腹いっぱいに。



話している途中から、何だかちょっと楽しくなってきて、調子良く『最後の晩餐』の献立まで考え始めた燐に、しえみが目を輝かせる。
燐の料理の腕前はクラスメート全員の知るところだから、具体的に挙げられた美味しそうなメニューの数々に心惹かれない訳がなかった。
たったいま「京都に帰る」なんて言っていた子猫丸までもが、故郷と燐の手料理を天秤にかけて真剣に悩んでいる。

「奥村くん奥村くん、もちろん俺は頭数に入ってんのやろ?」
「あー?志摩はキレイなお姉さんのトコ行くんだろ?」
「いやいや、お姉さんより奥村くんの料理のが断然エエわ」
「ねえ、燐。燐のご飯会にお母さんも連れてってもいい!?」
「おう、いいぜ!出雲も朴と一緒に来いよな」
「・・・・まぁ、どうしてもって言うなら、行ってあげないこともないわ」

いつの間にか、明日世界が終わることよりも、燐のご飯会の方が重要視されているクラスメートたちの脱線っぷりに、一人乗り遅れてしまった勝呂は口の端をひん曲げた。
別に最初から、あり得ない「もしも」を真面目に考える気なんてなかったから、別に構わないのだけれど――――燐の言う「好きな奴」に自分は含まれているのか、それがどうにも気になってしまう。
そのくせ照れ臭さとつまらない意地が邪魔して、自分からは何も言い出せないのだから困ったものだ。



あれが食べたい、これが食べたいと。
次から次に浴びせられるオーダーに、いちいち頷いて。律儀にノートの切れ端にメモを取っていた燐が、ふっと顔を上げて勝呂を見る。
黙ったまま、そのくせじっと見つめていたせいで真正面からぶつかった視線に内心動揺しつつ、精一杯何でもないような表情で「何や?」と声を出したら、燐はペンを握ったままからりと笑った。

「勝呂は、何か好きなモンねーの?最後の日、何が食いたい?」
「・・・いつの間にか、最後の日に何するかやのうて、何食いたいかにすり替わってる気がすんのは、俺だけか?」
「そうカタイこと言うなって、ほら!」

何が食べたい?とせっつかれて、期待に満ちた目で見つめられて。
うっかり緩みそうになる口元を、右の手のひらで覆って隠した。
当然のように頭数に入れられている。たったそれだけのことが嬉しいなんて、バカみたいだとは思うけれど仕方がない。



(しゃあないやろ、だって、俺は――――)



勝呂の答えを待って、燐が身を乗り出す。
しえみと子猫丸がにこにこと、志摩は面白そうにこちらを眺めていて、はやく何か言わなければと焦ったところで、タイミング良く次の授業を知らせる予鈴が鳴った。
次の授業は雪男の悪魔薬学だから、早めに席に着いていなければ注意されてしまう。
チャイムを合図に自分から逸れたみんなの視線に、無意識に詰めていた息をホッと吐き出したら、自分の席に戻りかけていた燐がくるりとこちらを振り向いた。

「あとで食いたいモン聞くからな!」
「おう、考えとく」
「絶対だかんな、忘れんなよ」

他愛もない空想話のはずなのに、妙に真剣に念まで押されてしまって、思わず笑ってしまう。
みんなから聞き集めたそれぞれの大好物を書いたメモを、大事そうにポケットにしまっている燐の背中を眺めながら、勝呂は口の中だけでこそりと呟いた。



「俺は、お前の作ってくれるモンやったら、何でもええよ」





僕ら、ハルカカナタの夢物語

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