勝呂の思った通り、清掃班の雪男と子猫丸の仕事は予想以上に手間取っていて、志摩には「ずるい」と詰られたものの結果的には手伝いに来たのは正解だった。 洗濯機が回っている間に雪男は自室を、子猫丸と勝呂は手分けしてそれぞれ風呂やトイレ、玄関周りを掃除。それから頃合いを見計らって、洗い終わった一週間分の洗濯物とシーツを三人で手分けして干す。 遮るものは何もない日当たり抜群の屋上で、風にはためく真っ白なシーツと奥村兄弟の服を前に、ようやく家事から解放された子猫丸が思い切り背伸びをした。 「あー、なんや清々しいですねぇ」 「こんなことまで手伝わせてしまって、本当にすみません」 「いや、構わへんです。困った時はお互い様や」 「そうですよ若先生。それに僕ら、こういう掃除やったら子供の頃からしてますさかい、慣れてるから大丈夫ですよ」 ただ、自分の寝起きしている場所じゃないから、勝手が分からずに少し手間取ってしまっただけだ。 せっかくの良い天気に恵まれた休日を家事と子守りで潰されているというのに、嫌な顔ひとつせず。それどころか気さくに笑いかけてくれる勝呂と子猫丸に、固くなりがちだった雪男の表情も緩む。 三人して、なんとなく顔を見合わせて笑って。気持ち良く晴れた秋の空を眩しく仰いで、それぞれが思い思いに伸びをしたところで、勝呂の携帯電話が着信を知らせて震えた。 ディスプレイに表示された名前は、志摩廉造だ。 「もしもし」 『あ、坊。ごはんの用意できまし―――――すぐろー、メシできたから早く来いよ!』 のんびりと喋る志摩の横から割り込んで、燐の大きな声が響く。 そのあまりのボリュームの大きさに思わず勝呂は携帯を耳から離し、隣に立っているだけでその声が届いた子猫丸が「元気やねぇ」と笑った。 雪男は困ったもんだと、少し顔をしかめている。 五歳の燐には携帯電話が珍しいのか、まだ喋りたいと騒ぐ声が遠のいて(たぶん志摩が携帯を取り上げたのだろう)、持ち主の手に戻ったらしい電話の向こう側で志摩が、後で騒いでいる燐に負けじと声を張った。 『いー感じに焼けましたんで、メシにしましょ。冷めたら確実に不味い思うんで、はよ来て下さいね』 「わかった」 かくして、男ばかり五人で囲む食卓。 きっと十五歳の燐ならば、餃子をメインにしつつ他にも副菜や汁物も用意するところなのだろうけれど、流石に五歳児にそこまであれこれ作る余裕はなかったようで、本日のランチは餃子とご飯だけだ。 それも餃子は一人分ずつ取り分けられることなく、食卓の真ん中に大皿に盛られてどかんと置いてある。 男らしいといえば、男らしい。 しかし微妙にガッカリ感を否めない食卓に、雪男は少しだけ目を丸くして、それから可笑しそうにクスリと笑った。 「日頃、兄さんがどれだけマメに食事を用意してくれてるか、よく分かった気がするな」 「あ、なんかそれ微妙に傷付くわ〜!俺たちかて、目一杯頑張って作ったゆうのに。なぁ、燐くん?」 「そーだぞ、雪男。俺と志摩ですっげー餃子作ったんだからな!残さないで、ぜんぶ食えよ」 薬缶に沸かした麦茶をグラスに注いで手渡しながら、志摩が眉根を下げて言い返すのに合わせて、燐が大きく頷いた。 確かに志摩と燐が胸を張るだけあって、皿に山盛りに乗せられた餃子は美味しそうなキツネ色だ。(盛り付けはアレだが) 全員のもとに麦茶が行き渡ったのを見て、勝呂がいつもの習いで両手を合わせる。それを見て子猫丸も志摩も、奥村兄弟も。全員がいったんお喋りを止めて、彼に倣って合掌した。 「いただきます」 声を合わせて、食事に一礼。 なんだか小学校の給食の時を思い出す、懐かしいお作法に自然と顔がほころんだ。 山盛りの中からひとつ、取りやすいところにあった餃子を一つ箸でつまんだ雪男は、酢と醤油を混ぜたタレに軽く浸して口に運ぶ。 隣と、向かい側からわくわくと見守る志摩。二人の視線に晒されて、若干の居心地の悪さを感じながらも手作り餃子を頬張ると、熱々の肉汁とニンニクやニラの香り、 それからものすごく覚えのある濃厚な甘みが口に広がった。 ぴく、と。 雪男の眉が一瞬訝しげに寄るのを見て、志摩が深く俯き、燐がバッと両手で口を押さえる。 「・・・・・・」 「―――――おい、何やコレ」 地を這うような声に目を向ければ勝呂も似たような表情で、口元を片手で押さえながらもぐもぐと咀嚼していた。子猫丸はどうやら何ともないようで、きょとんとした様子でそんな二人を見ている。 三者三様の反応についに我慢できなくなった様子で、口を押さえたままの燐と志摩が肩を震わせてくくく・・・と笑いだし、そんな二人をじっとりと睨みつけながら雪男はチョコレートの香り漂う餃子を、 麦茶でどうにか流し込んだ。 酢醤油とカカオの余韻を誤魔化すつもりで白飯を頬張ってみたが、後味は最悪だ。 慣れないだろう台所仕事をこなしてくれた志摩に、素直に感謝していただけに裏切られた反動は大きい。 同じくタテにしわっしわの眉間のまま、口の中のものを飲み下した勝呂が立ち上がり、あり得ない餃子を作り上げたキッチンテロリスト二人の襟首を掴んだ。 「何食いモンで遊んどんのや!このド阿呆!!」 「ちゃいますって!これは遊びやのうて、アレンジですって」 「そーだぞ!和と洋のコラボなんだぞ!」 「・・・・餃子は和じゃなくて、中華だよ。兄さん」 突っ込みどころはそこじゃない。 それは分かっているが、訂正せずにはいられない雪男が呟く。 怒れる優等生コンビと吊るされている二人のやりとりを横で聞いていて、何となく事情を悟った子猫丸は最初の一つ目がノーマル餃子であったことに深く感謝しつつ、大皿に盛られた他の餃子へ顔を近づけた。 たしかによく見ないと分からないが、美味しそうに焼き色のついた餃子の中に、たまにうっすらと中華にはあり得ない色が透けている餃子がある。 やたらと赤い餃子を取り皿に乗せて、中身を調べるべく二つに割ってみると、中には普通の餃子の具を半分とシロップ漬けのサクランボが入っていた。 「・・・これ、他には一体何が入ってるんです?」 これは食べたくない。 どう考えても缶詰めのサクランボの甘みと、餃子では味が合う訳がないだろう。 しかしこちらもやはり、食べ物を粗末にしない教育の子猫丸だ。 当然、まずそうだから残すなんて選択肢はあるはずがなく、顔をひきつらせながらもまず先にニンニクの香りを移して温もったサクランボを口に入れ、 なるべく鼻で息をしないように素早く噛んで、飲み下す。 そうして残りの部分を食べれば、多少嫌な甘みは舌の上に残ったが、ぎりぎり許容範囲内の味わいだった。もちろん、美味しくはない。 ほんの数分前の和やかな空気から一転して、食堂には険悪な雰囲気が漂う。その中で魔のアレンジ餃子を「食べ物で遊んだ」とは欠片も思っていない燐が屈託なく笑って、えーと・・・と指を折った。 「おれが入れたのは、チョコだろ、キムチ、サクランボでー。志摩がチーズとバナナと・・・あとは、ハイチュウ」 「ハイチュウ!?」 「志摩!お前一体何してくれてんねん!?」 「いややわ、そない怒らんといて下さいよ。中国四千年の歴史への挑戦ですやん」 「おれたちで、餃子のかのーせーを広げたんだよなっ?」 ねー、と。 まるで仲良しな友達同士の女子がやるみたいに、顔を見合わせて声を揃えた志摩と燐を捕まえたまま、勝呂は思わず天井を仰いだ。 あの時、この二人に後を任せて料理から離脱した自分を殴ってやりたい。 どうやら全部がおかしなアレンジではなく、子猫丸が引き当てたようにノーマルな餃子もあるらしいと知り、ようやく最初のチョコ餃子のショックから立ち直った雪男は眼鏡をぐいと指先で押し上げると、 次に食べる餃子をどれにするか目を皿にして選び始めた。 「・・・長い歴史の中で、餃子もここまで蹂躙される日が来るとは思わなかったでしょうね」 「アホやとは思うとったけど、まさかここまでとは予想外や」 食べ物は粗末にしない。それは絶対だ。 この悪魔の餃子を生み出した本人たちも、そこは絶対のルールだったようで、志摩も燐もロシアンルーレットみたいだなどと笑いながら、怖々と餃子を選んでいる。 ノーマルじゃないなら、せめてキムチ、チーズあたりが許容範囲内だ。 どすんと荒っぽく椅子に腰を下ろした勝呂は、にやにや笑いの志摩と燐に見守られながら、ひたりと餃子を睨みつけて慎重に箸を伸ばした。 五歳児になってしまった燐と過ごす五日間のお話。三日目・10/9(日) |