せっかくみんなでお泊まりするんだから、みんな一緒の部屋が良いと言う燐のリクエストにお応えして、床いっぱいにマットレスを敷き詰めてシーツを広げた。
昼間、雪男と子猫丸がちゃんと洗って干しておいてくれたから、普段は使っていないマットレスもシーツもふかふかでお日様の匂いがして気持ちが良い。

「すげー!ひろいーー!」

男子五人が並んで眠れるだけの広さを確保して並べたマットの簡易ベッドは、体の小さな五歳児には相当に広く見えているようで、寝床の準備ができてからずっと燐は興奮しっぱなしだ。
埃が立つから止めぇとお小言を言う勝呂を無視して、右から左へと飛び跳ねて回り、そのまま反対側の壁際で寝そべる志摩の背中へとダイブしてケラケラと笑う。
乱暴に飛び乗られた志摩は「ぎゃっ」と声を上げたものの、さすが大家族の末っ子。荒っぽいスキンシップには慣れた様子で寝返りをうち、燐を捕まえるとそのまま小さな体を器用に足に乗せて持ち上げた。
仰向けに寝たまま足裏で燐のお腹を支えて、高く持ち上げ。繋いだ両手でバランスを取る。

「燐くん、飛行機やでー」
「おーー!」

リフトしたまま、ゆらゆらと揺らされて燐が声を上げて笑った。
意外と上手に体を使って燐と遊ぶ志摩を眺めながら、自分の寝支度を整えていた雪男が目を細める。
勝呂や志摩、子猫丸が遊びに来てくれた今日は一日中、ずっと燐は笑っていた。
こんなに楽しそうな笑顔は、兄弟だけで過ごした一週間の間には見られなかったものだ。

(・・・・まあ、当たり前といえば当たり前か)

先週の一週間、雪男は兄に掛けられた呪いを解く手掛かりが欲しい一心で、ずっと本やパソコンに向かいっぱなしだった。
とにかく調べることだけに集中して、遊びたがる燐を適当にあしらっていた自覚もあるし。何よりも小さくなった兄を認めず、あまり目を向けようとせず、口には出さなくてもその存在を否定し続けてさえいた。
何も知らないような無邪気な顔をしていても、子供というのは存外に気配に聡い生き物だ。きっとちいさな燐は、そんな雪男のピリピリとささくれ立った感情を知っていたのだろう。
いくら必死だったとはいえ、今に思えば可哀想なことをしたと思う。
もしも本当に、この呪いを解く鍵が「子供時代の燐の願いを叶えること」だとしたら、きっと自分一人では一生かかったって無理だったに違いない。

姿が変わってしまっても、ちゃんと真正面から向かい合ってくれて。
燐を友達として、ちいさな体もそのまま丸ごと受け入れてくれる仲間たちに感謝しながら、就寝時間にはまだ早いけれど燐に合わせてそろそろ部屋の灯りを消そうと立ち上がった、その時


ピリリリリリ


窓際の勉強机に置いていた雪男の携帯が鳴った。
まだ深夜とは言わないけれど、時刻は夜の九時を過ぎている。
こんな時間に携帯にかけてくるような友人はいないので、これは確実に祓魔師としての仕事絡みの連絡だ。それも、わりと緊急の。

穏やかな笑みが引っ込んで、急に厳しい表情になった雪男を見て、子猫丸が志摩の頭をつつく。
子猫丸と、その視線の先で携帯を手にした雪男を見た志摩は、まだ遊びたそうに足をバタつかせている燐を自分のお腹の上にそっと下ろすと、人差し指を立てて唇に当てて見せた。

「燐くん、若先生大事な話しはるさかい、ちょっと静かにしてよぉな?」
「・・・?おー」




思った通り、かかってきた電話は緊急の出動要請だった。
今週末、祓魔塾が休講になった理由でもある人手を必要とする掃討作戦が、どうやら予想以上に難航しているようで、学生という立場を考慮して作戦から外されていた雪男にも緊急で召集がかかったのだ。
今回掃討作戦が展開されているのは、東京から新幹線で二時間ほど離れた名古屋。
ずいぶん昔に閉鎖されて廃墟になった山奥の病院に巣食う悪魔や幽霊たちを祓うことになっていたのだが、思っていたよりも数が多い上に手強く、負傷者が多く出ているらしい。
これまでも夜中に緊急招集を受けたことのある雪男にとって、こんな呼び出しは大した事ではないのだが、今回だけは―――――燐が普通の状態ではない今ばかりは、一瞬返答に迷って不自然に黙り込んでしまった。

拒否権がないわけではない。
よほどの重大な理由があれば、それをきちんと報告して任務から外してもらうことはできる。
けれど、そうするとこのひた隠しにしている燐の異常事態を他の祓魔師に説明しなければいけない訳で、それだけはどうしても避けたかった。
電話口でのやりとりと、珍しく迷いを表情に出して燐へ視線を向けた雪男を見て、なんとなく事態を察した勝呂が「若先生」と電話の向こうに聞こえないように、小さな声で呼びかける。

「奥村なら、俺らが責任持って面倒みてますさかい、若先生は任務行って下さい」
「勝呂くん・・・、でも」
「ゆきお、どっか行くのか?」
「若先生これから大事なお仕事なんやて、燐くん俺らとお利口に留守番できるよなぁ?」

お腹の上で寝そべっていた燐が、ぱっと起き上がろうとするのをやんわりと抱き止めた志摩が内緒話の声で囁けば、何となく大きな声を出してはいけないらしいと理解したらしい。
燐は志摩と、携帯の送話口を指で押さえたまま困った顔をしている雪男を見比べて、ほんの一瞬だけ考えた後に大きくコクンと頷いた。

「だいじょーぶだぜ、雪男。おれ、志摩たちと留守番してる!」
「兄さん・・・」
「へーきだって!あっ、いたずらとかもしねーぞ?」

京都組の三人は知らないが、燐が小さくなった初日。
一番最初に雪男がしたことは、勝手に机のものをいじった燐へのお説教だった。
それをちゃんと覚えていて、ちょっとバツが悪そうに付け加えた燐に、思わず笑ってしまいそうになった雪男は唇を引き結ぶと、塞いでいた送話口から指を離して息を吸い込んだ。


「すみません、お待たせしました。すぐにそちらに向かいます」


いくら難航している作戦だとは言っても、雪男を含めてそれなりの人数が更に現場へ投入されるのだから、まさか週明けの授業に間に合わないような事はないだろう。
それを見込んでの出動要請だとは思うし、燐も平気だと言っているし。
何よりも勝呂たちが一緒に居てくれるのならば、一日と半分くらい側を離れても、メフィストの結界に守られた学園内ならばきっと大丈夫だ。




手短に段取りを確認して電話を切った雪男が、部屋着から祓魔師の制服へと着替えるのを、燐がじっと見ている。
三十分後には学園裏に集合しなければいけないから、燐が何か言いたげなのを分かっていても、ゆっくり構ってやる時間はなかった。
慌ただしく遠征の身支度を整えた雪男は、留守を任せる勝呂に旧男子寮の鍵を渡し、ぺこりと頭を下げる。

「ではすみません。僕が留守の間、兄を頼みます」
「こっちのコトは気にせんといて下さい、若先生こそ気ぃ付けて」
「ゆきおー、おれさ・・・」
「兄さんは、勝呂くんたちの言うこと、ちゃんと聞いて大人しくしててよ?」
「わかってるって、ちゃんと待ってるって言ってんだろ!うるせーな」

心配からつい口うるさい台詞を選んでしまう雪男に、さすがにそれは面白くなかったのか、燐は憎たらしい顔でイーッと歯を剥いて見せると、そのまま勝呂の後ろに隠れてしまった。
物分かりが良い事を言ったと思ったら、その一瞬後にはすぐに態度が裏返る燐の子供っぷりに溜息を吐きたくなるのを堪えて、雪男は荷物を肩にかける。

(行き道は集団でバス移動、帰りはきっと新幹線―――――本音のところは、自分だけでも鍵を使わせてもらいたいところだけど)

普段はそんなにも苦にならない移動時間ですら、今は惜しい。
基本はチームで動く任務中にそんな我儘が。それも急ぐ事情を隠したままで通るはずがない事くらい、分かってはいるのだけれど。
もしも叶うならば無事に仕事を終えた帰り道のどこかで、燐や今回世話になりっぱなしの勝呂たちに、何かお土産くらい買えると良いなんてことを考えながら、三人ぶんの「行ってらっしゃい」の声に送られて、 雪男は寮の部屋を出た。



五歳児になってしまった燐と過ごす五日間のお話。三日目・10/9(日)夜