どんなに時代が流れても、子供の喜ぶものは昔から変わらないんだなと、小さくなった兄の手を握りながら思う。 ポータブルゲームやパソコンが当たり前に子供の手元にあるような時代になっても、遊園地という場所は昔からあまり様変わりしていないように感じた。 色とりどりのバルーンで飾り付けられた門をくぐり抜けると、目の前に広がるのは目が覚めるような原色の世界。 真正面の噴水の向こうには、お伽話に出てくるような中世の城がそびえ、それをバックに記念撮影をしている家族連れやカップルが大勢いた。 カラフルな配色のテント、テーマパークのキャラクターを模した焼き菓子の甘い匂い、レトロな雰囲気を演出するフェアグランドオルガンが楽しげな音楽を奏で、子供たちを誘っている。 ちいさな燐も例外ではなく、陽気なメロディーに合わせて手にしたベルを鳴らすオルガンの人形たちに心を奪われたようで、雪男が他所へと気を取られた一瞬の隙をついて繋いだ手を振りほどき、 一直線にお目当てのオルガンへと駈け出して行ってしまった。 「兄さん!」 「おっせーんだよ、雪男!はやくはやく!!」 怒った声で呼び止めても、聞く耳なんて持つはずがなく。 あっと言う間に人混みに紛れてしまいそうになる小さな背中を追いかけて、雪男も慌てて走り出した。 人混みをすり抜けざま、すぐそばにいた小学生くらいの女の子が自分の母親に向かって「あのひと、ちいさい子のことお兄ちゃんって呼んでたよ?」と笑いながら指差され、思わず恥ずかしさに 耳が熱くなったが、今はそれどころではなくて聞こえないふりで唇を噛む。 週末・・・それも連休初日の遊園地は人で溢れていて、体が小さな燐ならばやすやすと走り抜けられる距離も、上背のある雪男は人の壁に阻まれてしまって、すんなりとは前に進めない。 まだ勝呂たちとも合流できていないのに、さっそく迷子だなんて面倒な事態に陥るわけにはいかないと、燐の姿を探した雪男は人垣の向こうに見覚えのある派手なピンクの頭を見つけて声を張り上げた。 「志摩君!そちらに兄が行ってませんか!?」 「うわビックリしたわぁ、若先生どないしはったんです?」 「なんや、まーた勝手にウロチョロしとんのか、あのアホは」 慌てた様子の雪男の声だけで、状況を把握した勝呂が眉間に皺を寄せて辺りを見回す。 するとちょうど強引に押し分けたような格好で、燐が他所の家族の足元から飛び出してくるのを見つけて、舌を打った勝呂は大股に子供へ近付くと、有無を言わさず首根っこを捕まえた。 「うわぁっ!?」 「勝手にチョロチョロすんなや!迷子になるやろが!」 「あっ、坊だ!」 「坊言うな!」 いきなり襟首を猫の子みたいに掴まれて、驚いたのも束の間。 振り向き仰いで、昨日会った人だと分かった途端、人懐っこい笑みで両手を伸ばしてくる。そんな燐に噛みつく勢いで言い返しながら、勝呂はひょいと子供の体を抱き上げた。 とりあえず無事捕獲したところで志摩と子猫丸、それから少し息を切らした雪男が追いついてくる。 ようやく全員が揃って、改めて顔を合わせてみると、そういえば私服姿で学園外でこうして会うのは初めての事で、何だか変な感じがした。 京都組は雪男を、雪男は京都組を。思わず、それぞれ見慣れない相手の姿をまじまじと眺めてしまって、妙な沈黙が落ちる。 てっきり、追いついてきた雪男にいつものお説教をくらうものだと思っていた燐は、不自然に黙った四人の顔を順に眺めて、つまらなそうに体を揺すった。 「なぁ、なんでみんな黙ってんだよ?はやく行こーぜ!」 「お前はちっとは反省せえ」 「まったく!あれだけ勝手にどこかへ行かないって約束したのに、どうしてそう言うこと聞けないんだよ」 ずっと勝呂に抱っこさせておくのは悪い気がして、お小言を言いながら手を差し出した雪男に向かって、燐はイーッと歯を剥いて憎たらしい表情を作って見せると、離れたくないとでも言うように勝呂の首にしがみつく。 その、あくまで反抗的な態度に雪男はむっと眉を吊り上げ、燐は意地になって口をへの字に曲げた。 このままでは今日一日、とにかく燐の気の済むように遊ばせてみようという作戦が台無しになってしまうと焦った子猫丸と志摩が、あわてて兄弟の仲裁に割って入る。 「奥村くんは、早うみんなで遊びたかってんなぁ?」 「初めての遊園地やさかい、ちょっと張り切りすぎてもうたんですよね」 本当は甘やかすのは良くないと思うけれど、今回ばかりはちょっと勝手が違う。 躾とか、そういう子供が嫌いそうなことは全部横に置いといて、とにかく燐を中心に動いてやらないといけないのだ。 身内故か、はたまたそういう性分なのか。燐の一挙一動に目を光らせては、どうにも口うるさくなってしまいがちな雪男は、志摩と子猫丸のフォローにはっとした様子で口を押さえた。 「そうか、そうですね。いちいち注意しちゃいけないんだ・・・」 「なんや、じっと見とったらストレス溜まりそうやな」 こちらも、どちらかといえば雪男と同じお説教組の勝呂が、燐を抱っこしたまま「げんなり」といった調子で呟くものだから、悪いと思いつつも笑ってしまった。 「なんちゅうか、先生と坊。そうしてはると、まるで育児に悩む若夫婦みたいやなぁ」 「志摩ァ・・・けったいなコト言うてると、しばくで!?」 「ちょ、ほんまに蹴った!ひっどいわ、坊!!って、若センセまで!?」 志摩の軽口はあえて空気を読まないのか、それとも天然なのか。 なにはともあれ雪男と勝呂のストレスゲージを、我が身を犠牲にして安全水域までレベルを下げてくれた志摩に心の中で感謝しつつ、子猫丸は抱っこから下りた燐を手招き寄せる。 ぎゃあぎゃあと暴れる三人を面白そうに眺めて、あわよくば自分も参戦しようとウズウズしている小さな手をぎゅっと握って、子猫丸は燐に笑いかけた。 「奥・・・ええと、燐くん」 「ん?なんだ?」 いつも通りでも良かったけれど、親しみを込めて。あえて下の名前で呼んでみたら、思った通り嬉しそうな顔で燐がこっちを向いた。 これまで仲間内で見下ろされるばかりだったから、見上げてくる青い瞳がなんだかとても新鮮だ。 「燐くんは、いちばん最初に何乗りたい?」 「えっ?おれが決めて、いいのか!?」 雪男じゃなくて?と、今は自分よりもずっと大きな弟を律儀に気に掛ける燐は、どんなに小さくてもやはり「お兄ちゃん」だ。 それがなんだか微笑ましくて、にこやかに頷いた子猫丸はポケットに入れていた遊園地の園内マップを燐に渡してあげながら、ついでに跳ねる癖のある黒髪をくしゃくしゃと撫でた。 「ええよ、今日は一日。燐くんが王様の日なんやから」 next→ |